忘筌(ぼうせん)
忘筌(ぼうせん)・・・禅語(何が目的で、何が手段なのか。間違いないように注意せよという教え。)
自分のブログタイトル決めの過程は、まさに忘筌でした。たくさん考える時間をこれに費やしました。洗濯物を干しながら、この過程を色々と振り返っていたら、自分では、気づいていなかったけれど、どうやら、ぶつぶつ独り言をいいながら、笑っていたようです。隣の部屋で、それを聞いていた子どもに、
子ども 「誰とお話し、しているの?何がおかしいの?」と言われました。
管理人 「忘筌が可笑しかったから、笑っていたの。」と言うと、
子ども 「ぼうせんって何?辞書にかいてある?」「辞書の中の”ぼう”の字は、どれ?」さらに、
子ども 「ママは見えないお友達と話しては、だめだよ。」と注意されました。
管理人 「ママだって見えないお友達と、お話しすることだってあるよ。」と言うと、
子ども 「ぼくは、いいの。とくべつだもん。」
見えないお友達と話をするのは、親譲りのことだったのかも?とちょっと思いました。でも、何故私が見えない友だちと話してはだめなのか?・・。”子ども本人と話をせよ”ということなのかな?私を、独り占めにしたかったのかしら?見えない友だちにヤキモチを焼いたのかな?
しかし、初めて、見えないお友だちの存在に気づいたときは、「何か怖いものが見えているのか?」、それとも「少し変わっている子どもなのか?」などと心配もしましたが、 この”見えないお友だち”という、子どもならではの世界を大切に、暖かく見守ってあげようと思っています。
今では見えない友だちの名前も、たくさんになり、把握できなくなりました。ときどき、どんな想像をしているのか、子どもの頭の世界を覗いてみたくなります。はたしてどんな大人になるのでしょう?
きっと、個性的な自分の世界を持った大人になるのではないでしょうか?大人になっても、このお友だちと仲良くしていくのかしら?覚えているのかな?